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新潟家庭裁判所 昭和34年(家)2635号 審判 1959年10月30日

申立人 田口勇吉(仮名)

相手方 新潟県東蒲原郡○○町長

主文

新潟県東蒲原郡○○町長は、当家庭裁判所昭和三四年六月一五日付戸籍届出委託確認審判にもとづく申立人および亡田口タツと亡井上光義との養子縁組の届出を受理しなければならない。

理由

申立人は受託者として、委託者亡井上光義(昭和一九年三月五日死亡)の養子縁組届出の委託確認の手続をし、昭和三四年六月一五日付当家庭裁判所の審判により「光義が申立人およびその妻亡タツの養子となる縁組の届出を申立人に委託したものであることの確認」を得たので、戸籍管掌者たる新潟県東蒲原郡○○町長に対し養子縁組の届出をしたところ、申立人の妻タツは昭和二五年九月七日死亡したものであるため、同町長は昭和三一年三月六日付民事甲第二九三号法務省民事局長回答(養親となるべき甲および妻乙と養子となるべき丙との間の養子縁組の届出委託確認の審判があつても、丙の戦死後乙が死亡したものである以上、これが縁組の届出は受理できない。)が示されていることを理由として、昭和三四年七月一日これを受理しないことの処分をしたものであつて、この取扱の根拠は民法第七九五条本文(旧民法第八四一条第一項)に「配偶者のある者は、その配偶者とともにしなければ縁組をすることができない」と規定されていることがその中心となるものである。

よつて案ずるに、

一、昭和一五年法律第四号「委託又ハ郵便ニ依ル戸籍届出ニ関スル件」という法律には、

第一条 (第一項)戸籍ノ届出ノ委託ヲ為シタル後届出人死亡シ 其ノ死亡後其ノ委託ニ基キ届書ノ提出アリタル場合ニ於テハ 届出人カ戦時又ハ事変ニ際シ戦闘其ノ他ノ公務ニ従事シ自ラ戸籍ノ届出ヲ為スコト困難ナルニ因リ其ノ委託ヲ為シタルモノナルコトニ付裁判所ノ確認アルタルトキニ限リ 戸籍吏其ノ届書ヲ受理スルコトヲ得

第三条 第一条ノ規定ニ依ル届書ノ受理アリタルトキハ届出人ノ死亡ノ時ニ届出アリタルモノト看做ス

と規定されているものであつて、この法律は単に戸籍届出の特例を定めただけのものであるかのようであるが、これをしさいに検討してみると必ずしもそうでないことがわかる。すなわち、いまこれを養子縁組の届出の場合にあてはめてその実体関係をながめるならば、この届出によつて形成される養子縁組なるものは、

(1)  養親となるべき者と養子となるべき者のいずれか一方はすでに死亡しているものであること。

(2)  戦死その他の死亡者の意思は生前に表明されたものであるが、その者が死亡してはじめて届出価値のある意思となるものであり、他方縁組の相手方の意思形成は委託確認ないし届出手続当時までになされればよいものであること。

(3)  この法律関係の効果は戦死者等の死亡時にさかのぼつて発生することとなるが、これと同時に死亡による解消の効果が生ずるものであること。

(4)  届出の手続当時はもちろん、将来においても養親子関係そのものは存続するものでないこと。

という特異な法律関係のものであつて、いわば当事者一方の死亡による養親子関係解消後における法律効果を目的とし、このような事後的法律関係を形成させようとするにあるものであるから、かつての遺言養子制度に似たものであるが、縁組の当事者双方が届出の当時(または届出書発送の当時)ともに生存し、その届出の日から将来にむかつて養親子の関係そのものを発生させ持続しようとする民法所定の養子縁組制度とは別個の性質を持つものであるといわなければならない。

二、しかして、上記特別法の立法精神をみるならば、それは、戦死者その他これに準ずる死亡者の生前の意思を尊重することにより、戦闘その他生命の危険に身を挺する者をして、身分関係の形成に後顧の憂をなからしめ、かつその死後の祭祀を全からしめるとともに他面においては実質上遺族たる地位にある者の身分を保障し援護の途を開こうとするにあるものであるから、もし戦死者等がある夫婦の養子となる意思を表明した場合に、その意思を尊重すべき事情は、その後において養親となるべき夫婦の一方が不幸にして疾病その他の事由によつて死亡したとしても差異のあることなく、生存する他の一方との縁組をそれがために破棄すべきものとすることの不当なことは、後者の死亡が戦死者等の死亡の前であるか後であるかによつてこれを区別すべき理由がないことによつても明らかである。またこれが戸籍の届出を受理することによつて援護されるべき遺族とは、戸籍届出の直接効果たると間接効果たるとを問わないが、生存するその該当者(かつての該当者については既得権的に保護される場合もある。)を指すものであることは推察にかたくない。されば夫婦ともに生存していたであろうならば同順位で遺族となり得る条件を具えているものが、その一方の死亡という事実のみによつて、現に生存する他の一方も当然に遺族たり得る資格を喪失すべきものとし、または、この場合仮りに現に生存する夫婦の一方のみに遺族たる地位を与えるとするならば、死亡した他の一方を除外する結果その者の親族をして次順位者となり得る余地をなからしめることとなるから不都合であるということを理由として生存配偶者も遺族たらしめるべきでないというような結論を導き出すことは、いずれも上記立法の精神に反するものといわなければならない。

三、このように上記特別法によつて認められる養子縁組の性質およびその立法精神を把握するならば、本件のように公務に従事して死亡した者が、その生前に養子縁組届出の委託をし、養親となるべき夫婦の一方がその後届出手続前に死亡した場合においては、夫婦間の平和ないし家庭の平和を維持することを立法理由として制定された民法第七九五条本文(旧民法第八四一条第一項、以下この掲記を省略する。)の適用されるべき実質はないものであることが明かであるといえよう。しからばこのような場合には委託者と生存配偶者との間においてのみ縁組を形成させるべきものであるかというと、この点については、さらに検討を要する。なんとなれば民法第七九五条本文は上記目的趣旨のもとに制定されたものであるが、それはあくまで立法理由たるにすぎず、すでに立法化された規定の解釈運用とそれとは常に同一視することはできないものであり、また上記昭和一五年法律第四号は「届書の受理があつたときは届出人の死亡の時に届出があつたものとみなす」と規定し、民法所定の法律関係の形成を擬制する方式をとつているからである。これらの観点からすれば、

(1)  この特別法による養子縁組は、民法所定の養子縁組そのものとは異なる性質のものではあるが、民法所定の養子縁組と擬制される。

(2)  戸籍の届出手続当時委託者は生存しないが、受託者の届出行為を介することにより、その生存のさいに届出をしたと同様の取扱となる。

(3)  委託者の縁組意思は民法所定の縁組(生前縁組)の意思内容である(この点遺言養子の場合の遺言者の意思内容と異なる。)に反し、縁組の相手方の縁組意思は生前縁組の意思内容ではなく、したがつて両者の意思内容は実質的には一致しないが、届出が委託者死亡の時になされたものとみなすことによつて、後者の意思内容はその時現在において表明された意思内容すなわち生前縁組の意思内容と擬制され、形式上両者の意思の合致があつたものとして取り扱われる。

(4)  縁組の相手方のこのような縁組意思は届出手続の時までに形成され、表示されればよいが、その表示は届出があつたものとみなされる時においてなされたものとみなされるから、ここに現実の表示の時期と擬制された表示の時期との二個の時点を生ずる。

したがつて、

(5)  縁組に適用される法令内容に改廃があつた場合に、新旧いずれの法令を適用すべきかの問題は、当該法令および上記特別法の精神によることではあるが、現実の表示時は擬制された表示時とともに適用の有無を判断すべき対象の時点となる。

(6)  民法第七九五条本文所定の「配偶者のある者」に該当するかどうかの点は、擬制される表示および擬制される実体関係に密接なことがらであるから、届出があつたものとみなされる時が基準となる。

(7)  同法条の要請たる「配偶者のある者は、その配偶者とともに縁組をしなければならない」という要件を満たすかどうかということも、擬制される表示の時が基準となるものであるから、これと異なる時期に現実の表示がなされるこの縁組の場合には、「届出があつたものとみなされる時において配偶者のある者に該当するものがある場合には、その時にともに縁組をしたものとみなされるように、これに適合する現実の届出がなされなければならない。」という意味あいのものとして理解すべきものであり、しかして「これに適合する現実の届出とは如何」ということを考えたときに、夫婦が現に生存している場合にあつては、「夫婦としての縁組をする意思をもつて、両者がともに現実の表示の当事者となり、その意思表示をしなければならない」ということになるものであつて、このような分析段階を経ずしてただちにそのあらゆる場合に、「配偶者のあるものに該当する者は、ともに現実の表示をしなければ縁組をすることができないもの」と解することは、ときに結論の誤りをきたす所以となるであろう。

(8)  民法第七九六条(旧民法第八四二条。以下この掲記を省略する。)所定の「夫婦の一方がその意思を表示することができないとき」に該当するかどうかの点は、縁組意思形成の最終時期が届出手続の時であることと、現実の表示と密接なことがらであることからして、この時を基準とすべきものである。したがつて擬制される表示時には夫婦がともに表意可能の状態にあつたとしても、現実の表示時にその一方が表意不能の状態にあるときは、現に夫婦であるかぎり、他の一方は双方の名義で縁組の届出をすることができるものと解さなければならない。このようにして双方の名義で現実の届出があつたものについては、擬制される届出の時において夫婦がともに縁組の届出をしたもの(同法第七九五条本文の要件充足)とみなされるべきものか、はたまた、擬制される届出の時においても表意不能の状態にあつたもの(同法第七九六条の要件充足)とみなされることにより結局夫婦がともにする縁組が成立するものであるかという点についての疑義はのこるが、いずれにしても昭和一五年法律第四号第三条のみなす規定の効果によつて、民法第七九五条本文の要請が満たされるものであるといわなければならない。

以上のことを前提として、さらに考究するに、配偶者に該当する者が届出手続前に死亡した場合にも同法第七九五条本文の適用がある。しかしこの場合の適用ということは前述(7)に説明したとおりの意味合いのものとして理解すべきものであるから、ここに問題の中心となるのは、配偶者に該当する者が死亡したときに有効な縁組となるに適合する届出手続とはいかなるものかということであらねばならない。

(イ)  もし、この届出が有効な縁組となるに適合した手続となるためには、生存配偶者が手続の主体となるだけでは足りず、ともにその当事者となる必要があるという制約があるものとするならば、この制約の仕方は、死亡者を擬制される表示時を標準として生存者としてながめ、これを現実の表示時にまで及ぼそうとするものであつて、死亡者を生存者として取り扱う擬制のうえに立つているものといわなければならない。ここに生存の擬制ということは、当該法条の適用そのものには実質的な意味はないが、その法条による制約等を前提とし、またはその制約等に例外を定めている他の規定の発動をもたらし得るということに意味がある。されば、上記縁組の場合には、同じく生存者たることの擬制のもとに民法第七九六条の適用が考えられ、また生存擬制ということは死亡による婚姻解消もないとの擬制を伴いつつ、現に生存する一方は届出手続時における他の一方の表意不能を事由として双方の名義で縁組の届出をすることが許されるものといわなければならない。

(ロ)  もしこの場合に、「縁組となるに適合する手続をするには、夫婦ともに現実に生存する場合にかぎる。その一方が死亡したときは、この縁組の成立は否定される」とするならば、この点に関する法的な根拠がなければならない。民法第七九五条本文の規定は、配偶者がともに生存することを前提とするものであつて、配偶者のあるものに該当しながらその配偶者は死亡しているという場合を予想したものではないから、この規定をもつてただちに上記見解を支持する根拠とはなし得ないものであるのみならず、昭和一五年法第四号の立法精神は生存配偶者のためにこのような縁組を排斥する趣旨のものではないことは、さきに説明したとおりである。

(ハ)  「縁組となるに適合する手続をするには、手続の主体としては生配存偶者だけでよいが、その者のする手続だけでは、配偶者とともにする縁組としての適合性を認め得る根拠がない」とする見解もあろう。しかしすでにして、手続の主体は生存配偶者だけで足りるものとし、かつ、縁組の成立を否定すべきではないとする以上、生存配偶者が履践すべき手続方法は、上記特別立法と民法全体の精神から導き出されるところに従うべく、それをもつて足りるものといわなければならない。民法第七三七条第一項(旧民法第七七二条第一項第二項参照)には、「未成年の子が婚姻するには、父母の同意を得なければならない」との規定があり、父母がともに生存する通常の場合をもつて原則的表現をしたうえ、その一方が死亡した場合のあることを予想し、かつこのような場合においても未成年者の婚姻を禁止するものではないという趣旨のもとに、その第二項中に「父母の一方が死亡したときはその意思を表示することができない場合と同様に、他の一方の同意だけで足りる」との趣旨の規定が設けられている。したがつて本項目の場合の縁組についても夫婦がともに生存する通常の場合に「夫婦がともにその手続をしなければならない」ものとして理解すべきものであることは前に述べたとおりであり、かつ夫婦の一方が死亡したためにこの縁組の成立が否定されるのは妥当でないとする以上、「その一方が死亡したときは、その意思を表示することができないときと同様の手続をもつてこれをすることができる」という精神が当然導き出されなければならない。上記第七九五条本文および第七九六条は夫婦の一方の意思表示がないのにかかわらず、他の一方の意思表示だけで双方につき縁組を成立させる途を開いているものであるから、この精神は上記届出の手続に準用されなければならない。したがつて、生存配偶者はこの届出手続をするに当つては、同法第七九五条本文の精神により夫婦ともにする縁組意思を表明する方法をとり、形式的には同法第七九六条を準用して双方の名義をもつてこの縁組を成立させることができるものと解さなければならない。

このようにして配偶者死亡の場合における民法第七九五条本文の適用問題を検討した結果、その結論となるところは、「生存配偶者は、夫婦双方の名義をもつて縁組の届出をすることが許されなければならない」ものとなる。

(なお、このように解するときは、夫婦間に破たんを生じていたとかその他の事由により死亡した一方の生前の意思に反する縁組の届出がなされる危険があつて不都合であるとの論については、詳述を避けるが、それは結局委託確認の認容性ないしこれが救済方法の問題であり、またこれと同巧異曲の不都合は民法本来の養子縁組の場合にも内在する問題である。)

はたしてしからば、本件養子縁組は、養父申立人および養母田口タツど養子亡井上光義との間の養子縁組として、かつ、その届出の手続としては、受託者を兼ねて夫婦の双方名義で意思表示を行う縁組の相手方たる申立人のする手続によつて、これを形成させなければならないものといわなければならない。しかるにこの届書を冒頭掲記の理由によつて受理しないものとした相手方町長の処分は是認しがたいものであつて、これを不服とする本件申立はその理由がある。

よつて特別家事審判規則第一五条により主文のとおり審判する。

(家事審判官 野本三千雄)

参考(新潟家裁 昭三四(家)一三二六号 戸籍届出委託確認事件 昭三四・六・一五審判 認容〔申立人〕田口勇吉(仮名))

主文

戸籍届出人井上光義が今次戦争のため昭和一六年一二月現役入隊するにさいし、

申立人およびその妻亡タツの養子となる縁組

の届出を申立人に委託したものであることを確認する。

理由

本件調査の結果によれば、以下のことが認められる。

一、申立人はその肩書住居で農業を営み、昭和二五年九月七日死亡した妻タツとの間に大正一〇年ごろから迎えてあつた養子健次(明治四一年二月一一日生、昭和一二年一〇月一四日縁組届出)健次の後妻サダおよび孫五名と同居しているものであるが、本件戸籍届出本人たる光義の母亡井上タマ(昭和九年一月二〇日死亡)が貧困のため本人を育てることが困難であるということから昭和三年三月五日ごろ申立人夫婦が引きとり、以来事実上の養子として養育してきた。

二、ところが光義は昭和一六年徴兵検査に合格し、入営する予定となつたので、申立人は同年一〇月ごろ本人の希望により同人の後見人戸主井上豊吉も賛成のうえ、申立人等夫婦の養子として入籍すべく、申立人の戸籍役場に手続をしに行つたところ、申立人には上記のように養子健次があるため、さらに男子を入籍することができないと説明された。しかし光義はいよいよ同年一二月朝鮮の羅南に入隊することとなつたとき、「井上の姓で入隊するのは心残りだ。」と申立人にかたり、村を出発したがその後傷痍のため朝鮮から送還されて、昭和一九年一月ごろ若松陸軍病院に入院し、同年三月三日死亡するにいたつたものであつて、その入院中も申立人等夫婦を父母と呼び、申立人に対し「親子としての恩返しをしたい。」とその意向を表明していたものである。

以上の事実関係のもとにおいては、井上光義は上記入隊するにさいして、もし申立人夫婦の養子となる縁組をすることが許されるならばその手続がなされることを希望する意思を申立人に表明したものであつて、これをもつて、昭和一五年法律第四号(委託又ハ郵便ニヨル戸籍届出ニ関スル件)第一条所定の戸籍届出の委託をしたものに該当するものと解する。よつて本件においては、養子縁組の要件に関する旧民法第八三九条所定の制限が現に撤廃されていることならびに上記戸籍届出に関する法律の立法精神に照らし、養子縁組の当事者および親族において異議ないものと認められる本件養子縁組の届出の委託を認容することとし、主文のとおり審判する。(家事審判官 野本三千雄)

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